Last Updated Nov/01/1996

Electric Cars


近江鉄道の電車

    明治33年12月に彦根−貴生川間が開通した近江鉄道は、その後、大正14年3月 彦根−多賀間が電化(直流600V)され、その時に初めて電動車(全長12mの木製新型ボギー車) 5両が登場した。 昭和3年(1928)には彦根−多賀間の1500V昇圧工事と未電化の高宮−貴生川間の1500V 電化が完成して本格的に電車の運転が開始された。この頃より「近鉄電車」とも呼ばれるようになった。 八日市線の電化は戦後の昭和21年1月より直流1500Vの電気運転に切り替えられた。 昭和23年8月に営業が休止された新八日市−御園間の路線では最後まで電化はされなかった。

    現在では本線の米原−貴生川間より、彦根−八日市−近江八幡間の輸送が多くなり幹線的な 線区となっていて、多くの電車はこの区間を往復している。 使われている車輌は主に西武鉄道 から移籍された車輌で、近江鉄道の工場で改造されている。他に小田急、東急、東武、京浜急行 などの関東系の私鉄よりやってきた車輌もあった。
    近年より大型車輌導入のための大掛かりな工事が八日市線を中心に行われており、1997年より 20m級の電車の運行が予定されている。


初期の近江鉄道電車

    電車が走り出した頃のショットです。単行でのんびりと走っていますね。撮影場所は不明。


クハユ24 : 彦根電車庫にて 1952/9

    大正14年加藤車両製作所製。近江鉄道初の電化区間彦根−多賀間の電車運転にあたり製造した電動車 5両のうちの1両で、昭和3年の電圧昇圧の際制御車に改造され、同時に客室の半分が郵便室になりました。 戦時中、輸送力増強のため、再電装と鋼体化が計画されましたが資材難で中止、昭和28年静岡鉄道へ 譲渡されました。


デハニ2 : 彦根駅にて1929/2

    昭和3年,当時の全線電化にあたり、宇治川電気電鉄部(現、山陽電鉄)から車体だけを譲り受け、近江鉄道で 新造した住友製の台車と組み合わせて生まれた9両のうちの1両で客室の一部が荷物室に改造されました。 車体は大正12年5月川崎造船所製で、車体だけが譲り受けられたのは、宇治電(広軌)、近江(狭軌)の 相違からです。昭和40年鋼体化工事が行われ、その後モハ1形式の4号車として活躍しました。


※Document and photo courtesy to Ohmi Railways ( Memorial Tickets )
Title photo taken and digitized by Harry Kawagishi

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