Last Updated Nov/11/1996


近江鉄道の電車 (昭和40年代−50年代頃 その2)

彦根電車庫にて : 1973/1

    京浜急行400形の車体を西武鉄道を経て昭和41年に購入、近江鉄道の工場において車体中央を切断して 3扉から2扉化されていますが、京浜急行タイプは失われていませんでした。モハ135+モハ136のMM 編成で活躍しました。全長15.7m、 定員 112名、製造は大正10年汽車会社。


クハ1200 : 近江八幡−武佐間で 1973/3

    昭和45年9月、西武所沢工場で小田急デハ1602号車の車体を改造し、台車に西武のTR−11Aを用いて 生まれた車輌でした。 モハ200形式202号車と固定編成され、小田急スタイルで活躍しました。


モハ202 : 高宮駅にて1981/1

    モハ202を先頭に堂々の3両編成で高宮駅に入る初詣臨時列車です。写真の左には現在は無くなっている貨物用の 線路が見えますね。BODYの広告も一番派手で種類がたくさんあった頃と思います。撮影は筆者。


モハ1形式 : 日野駅構内で 1972/6

    単線自動化によって近江鉄道より消えてしまったもっとも大きな機器がこの腕木式信号でした。 米原−八日市− 近江八幡間、高宮−多賀間は一足早くなくなっていましたが、単線自動化が最後になった八日市−貴生川間では 70年代中頃までこの腕木式信号が見られました。写真は二位式腕木場内信号機があった日野駅構内貴生川寄り を走るモハ1形式3両編成の電車。今ではこの区間の3両編成の電車はまず見られない。


※Document and photo courtesy to Ohmi Railways ( Memorial Tickets )

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