八 日 市 線 物 語
Historic Article of Yokaichi Line



Photo : The steam locomotive No2 of Yokaichi Railways 1930


八日市線ちょっと歴史講座

−八日市線の流れ−

湖南鉄道

1912年(M45)4月8日、設立。
1913年(T02)12月29日、開業。 新八幡−八日市口間
琵琶湖鉄道汽船八日市線
1927年(S02)1月27日、湖南鉄道、大津電車軌道、太湖汽船の合併により琵琶湖鉄道汽船八日市線となる。
八日市鉄道
1929年(S04)2月1日、八日市鉄道として独立発足。
1930年(S05)10月1日、新八日市−飛行場(のち、御園)間開業。
近江鉄道
1944年(S19)3月1日、戦時統合により近江鉄道に合併される。
1948年(S23)8月1日、新八日市−御園間営業休止。
1964年(S39)10月10日、新八日市−御園間廃止。


お も し ろ コ ラ ム

−なぜ、湖南鉄道という社名になったのか−

皆さんもお気づきだとおもいますが、なぜ湖東地方しか走っていない鉄道が湖南鉄道なのでしょうか。 これは、当時の設立者たちの夢が入っていたからです。 湖南鉄道が設立された当時は、全国様々な ところで鉄道敷設の気運が高まった時で、多くの地方において鉄道が次々と出来てきました。また、 それら鉄道敷設を願う人々の夢も大きく、単なる八幡と八日市を結ぶだけの鉄道構想では無かったのです。 設立者たちの構想はもっと大きく実は、大津まで鉄道を敷き、八日市から大津を鉄道で直接結ぶ考え だったのです。しかし、当時すでに東海道線があり、今から思うと無茶にしか思えませんが、 この頃は競争心が激しく、他の土地でも従来からある鉄道に挑戦している私鉄が存在しました。 このような将来の夢をかけて、湖南鉄道という社名が誕生したのです。

資料提供 : 滋賀鉄道.交通研究会 : 辻 良樹